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hiroshi

Author:hiroshi
ALS(筋萎縮性側索硬化症)
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「ALS患者にいつも愛と支えを:
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雑感メモ

5月18日(日)夜10時から11時29分まで、
NHK教育テレビ ETV特集で安らかな最後を迎えるために ~尊厳死を考える~(仮) 
が放送される。ALS患者さんも出演されるようだ。



「尊厳死」について個々人がどのように考えているかではなく、
どのような情報によってその後が形成されるのか、(少しだけ)源泉をたどってみたい。


Googleで「尊厳死」を入力して検索してみると、
尊厳死ーWikipedia、日本尊厳死協会に続いて安楽死・尊厳死(哲学者清水哲郎による概念と区分、倫理的問題の解説、講義資料)とある。


あらためて清水哲郎の安楽死と尊厳ある死を読み直して、
とはいってもノートに声を出しながら要所を書き写しながらだったが、
どこか、将棋の次の1手を打つのに似ている。
3手先まで読むか、数100手先まで読むか。
たとえ次の1手がたまたま同じになろうともそこに至るプロセスがまるで違う。
そんなことを感じた。(うまく表現できないけど)

内容インデックス中、特に「無意味な生を理由とする安楽死の是非」とその文末にある報告書からは清水哲郎の変化を見て取れる。


ユリウス・カエサルは「人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。多くの人は、見たいと欲する現実しか見ない」と云っているが、僕自身がいまだ尊厳死について立ち位置を見出していないのは、カエサルが云う「見たいと欲する現実しか見ていない」
と感じているからなのかもしれない。



余談ではあるが、
一昨年6月 橋本操さんにお茶に誘われ都内某ホテルのラウンジで清水先生をご紹介していただいた事がある。当時清水先生は東北大に在職、同じ仙台にいながら東京で東京の人に紹介されるなんとも不思議な感覚を憶えつつ、いかにも哲学者という風貌と威厳をもちながらも、操さんと京都に遊びに行く話しで盛り上がっている姿にオモロイおっさんだな~
と感じていた。
その後電話ではお話をさせていただく機会はあれど、お会いはしていない。
高名な先生であることは後日知ることとなるが、
またお会いする事があれば哲学的ゾンビについてお話を伺えれば楽しいのにと思ったり(笑)

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